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笑顔になれる何かを探して。 フィギュアスケートとV6をこよなく愛しつつ、忙しい日常の中で見つけた様々な事を語ります。

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2020

2020年のオリンピック開催都市が東京に決まりました。

私は正直どうでもよいと思っていたというか、
まあどちらかというと来なくていいよ、と思っていました。そして無理だろうと思っていました。

なのでびっくり仰天。
そんなこんなの混乱頭思考の戯言です。
大変戯言なので下に畳みます。




私はスポーツに、そしてその教育に関わってきたものとして、
スポーツの持つ様々な力、影響力をとても大事だと考えています。
競技のそこに向かっていく過程や結果から得るもの。
当時者だけでなくそれを見ている側にも多くの感情を起こさせる何か。
共有する空間のエネルギー。筋書きのないものだからこそ揺り起こされる感動。
くさいようですが、それでもそういうものを持つのがスポーツであり、好きなのです。

なのでスポーツの最大の祭典であるオリンピックには良い面も本当に多くあり、
それをまさに間近の、普段の行動範囲の場所でやるということに、やはり興奮を覚えずにいられません。

決まるまでは冒頭のように考えていたのに、決まった今はそれらを生で感じ取れる場に自分が、そして周りの人たちが居られるかもしれないということを喜びたいという自分がいます。

一方で、なぜ最初に招致を歓迎していなかったのかというと、
それはやはりまだまだ日本と言う国が震災からの爪痕にまだまだ傷ついており、
お金を使うべきはそこではないだろうという思いも大きかったからです。
ここ数年に報道される招致の活動を見ていて、こんなにお金をかけてまでやらなくてはならないことだろうかと気分悪く思っていました。

決まった瞬間、テレビ報道では喜ぶ人々が次から次へと映し出され、まるで日本列島が驚喜の渦に飲み込まれたかのようでした。
同時にネット上では辛口、辛辣、怒りの言葉が次々と流れてきました。
そのあまりの温度差に自分自身の意見がぐらぐらと翻弄すらされていました。
でも同時にそれはすべて自分の中にあるものでもありました。


良い面を見ればそこにはほかのどんなイベントでも為しえないであろう素敵なことがたくさん待っていると思います。
やはり私は自分の子供が、そして関わっている多くの子供たちがこの出来事に巡り合える時代に生きていることで得られる何かを出来うる限り吸収してもらいたいと思います。
それはどんな形だろうか、ボランティアか、(自分の子供はないだろうけど)もしかして選手か、実際に会場に行って見ているか。
これから7年の間にする行動が行き着く先はどんなだろうかと楽しみであるし、
オリンピックで彼、彼女たちが何を得てどう成長するのかは想像できない(だって自分が経験したことがないから)分、それを見てみたいという期待の気持ちが湧き上がる。

しかし。

私はとある競技のコンクール大会の運営に数年関わったことがあります。
その時にやった仕事の一つとして、スポンサーとの折衝がありました。
そんなに大きくもない、それも参加にはある種のカテゴリーがあるような大会でもそれなりの費用がかかります。
そのため何とかスポンサーに少しでも多くのお金を出してもらいたく交渉するのです。
前回の大会で出してもらった分が次でも出てくるとは限りません。まさにその時の景気でいろいろとありました。
それでもやはり大会を運営するためには必要で少しでも多くのスポンサーを探そうとしました。
出場してくる人たちはそこでさまざまな経験をし、それはとても良いことだと思いました。
でも一歩運営側に入ると、お金の話は切っても切れない話。非常に現実的な問題です。

競技をやるためには莫大な費用がかかるのは自明の理です。世界中の国々が参加するオリンピックなら想像がつかないくらいの額なのでしょう。
招致の最後のプレゼンテーションで多くの企業がスポンサーとなることを約束していると強調、後ろには世界的にも有名な企業の名前がずらっと並んだパネルがありました。
東京が選ばれた一番の大きな理由はその経済力への期待からだという声が小さくありません。

そのお金、オリンピックに使っていないで復興支援に回すべきという意見はもう何度も目にしたし、
自分も心の半分はそう思っています。
オリンピックで使われる予算がすべて復興に回れば復興はすごく進むのかもしれません。

でもやはり上に書いたようにこのとても貴重な機会が回ってきたのだから、と心の半分で思っており…。

なのでこの招致実現に対する今の意見は「複雑」でしかない。
どう表現しても行きつく先は「複雑」です。



ただ一つ、ある思いを持って最終プレゼンテーションを見てはいました。
原発問題は世界的にはかなり問題視されており、当日まではかなり劣勢だろうと伝えられていました。
なのでもしかしたら逆転するために総理がこのことに対してあっと驚くような提言をするのではないかと期待していたのです。
今問題となっている汚染水を始め福島原発の抜本的解決を、オリンピックが開催される前までに全解決するために全力を尽くす、世界中の人が安心して訪れてもらうために今後は東電がではなく国家事業としてすべてに取り組む解決する、
こんな事を宣言するのではないかと。
そうやって東京に決まったら、もう世界中から目が注がれ、すべてが見張られている以上きちんと早急に動くことになるのではないかと。
結果的には思っていたような力強い宣言はなく、「今でも東京は安全です」と言った主張が勝っていたように思えて落胆しました。全力で取り組むみたいなことは言っていたようですが、いつもの上っ面な感じに受け取っていました。

そして東京に決まり。
でも投票した委員のコメントとして、総理が「全力で抜本的解決のために尽くすと言った」ことをあげていたので、あれ?もしかして図らずも期待していた通りになってる?世界はそう受け取ってるの?となりました。

なので今後の7年間、世界中が見てチェックしているのだから、
福島原発をどうにかして、皆が元いた地域へ戻れるような事業を目に見える形で行ってください。
そしてオリンピック開催では同時に復興への支援が大きく行われるようにしてほしい。
「復興支援なんて言葉はうまい大義名分に使われるだけで実際に被災地へは何にもいかないんだよ」
て意見も本当にたくさん見かけるのですが、
復興支援が忘れ去られるより私達が参加しやすい支援の入口として使われたらいいなと切に思います。
だからどう使われたかも目に見えるようにしてほしい。ちゃりーん募金は結局どこの何になったのか。
わからない、よね。

甘い意見でちゃんちゃらおかしいと言われたりするのかもしれないけど。
いのっちが今朝あさイチで言っていたのもほぼこういうことだろうと思ってる。
あの後ばーっと「いいこと言った!」的賛成意見、「何言ってんの」的反対意見が出てきて怖いなと思いました。
昨日からネットの世界は常にそんな状態な気がする。
だれかが喜んで号泣したと言っては批判され、喜びのコメントを出したといっては非難され。

でもやはり、前向きな捉え方、さらに言えばうまい利用の仕方をできないのかなと考えています。
オリンピックが東京で開催されて意味があった、と2020年、思いたいだけかもしれない。

Comment

決まりましたねぇ~。 

日本でオリンピックが開催されると言うことはいい事だけじゃないんだよ。と子ども達に話したのが昨日の朝でした。
決定のニュースを見ながら何がなんだかよく判ってないけど、楽しくて凄い事で嬉しい事でいい事だ!そんな雰囲気の中、「いい事だけどいい事だけじゃないんだよ。」「オリンピックを自分達の国で開催すると言うことはお金がいっぱいかかってね・・・」とついつい語っちまった。

そして今日のニュース。11日と言うことで震災から2年半と言う特集がどの番組でも組まれていましたね。
そのニュースを見ていた子どもが「オリンピックのお金が震災に役立った方がいいって事か?」「そのお金があれば仮設住宅じゃなくて自分のおうちが直るって事?」と聞いて来ました。
うんそうだね。よく考えたね。
子ども達の答えが正解なのか不正解なのかは問題じゃなくて、子どもながらに”考えた”と言う事が大切で正解なのだと思いました。

この子ども達が7年後オリンピックの選手になっている可能性はゼロではなく(イヤイヤゼロですが・・・)見えるゴールに向かって輝ける一生懸命生きる!その歩みや夢を一番大切にしたいものです。

少し話がずれてしまいました。ごめんなさいね。Vの話とは全く関係ない話もこうして話せることが実は一番嬉しかったです。
ありがとう。



  • posted by まりの 
  • URL 
  • 2013.09/11 23:21分 
  • [Edit]
  • [Res]

Re: 決まりましたねぇ~。 

>まりのさん
 時事ニュースの中できちんと多方面からの視点を教えてらっしゃること、本当に素晴らしいと思います。
オリンピックのように大きすぎて影響力もありすぎる出来事は良い面も悪い面も内包するのは当然で、どこに視点の重心を置くかで受け取り方は様々になりますね。
それでも、次世代の子供たちに少しでもいい面が多くなるようにこの事を利用してもらいたい、と思ってしまいます。
その反面悪いことに目をつぶったり背けるのではなく、派生するように疑問をこれは?これは?という思考が出来ることはとても大切。そのきっかけにも、オリンピック招致決定というニュースはなりますね。

震災の事は一時期に比べると記憶から風化しがちだったものが、これをきっかけにまたクローズアップされたとも感じました。私達にとって2年という時間はあっという間なのに膨大な日常に流される時間でもあり、一時期の節約や募金といったことへ興味の比重は薄れていってしまう。逆に子供にとっての2年は非常に長く、震災時にはあまり理解できなかった年の子が成長して受け取り方も変化していく。そういう状況なので、この機にもう一度考えてみようと思いました。
7年という時間はそういうことに使うよう与えられた時間なんだと受け止めたいです。

  • posted by ある 
  • URL 
  • 2013.09/14 20:34分 
  • [Edit]
  • [Res]

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Author:ある
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フィギュアスケートの大ちゃん、あっこちゃんを中心に日本選手を応援しています。

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